1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
  05 ,2017

2015年の物語


プロフィール

大橋ひろえ

Author:大橋ひろえ
誕生日:06月03日
女優

佐賀県生まれ。生まれつきに耳が聞こえない。栃木県宇都宮市私立作新学院を卒業した後、手話演劇やDANCE、自主映画製作を始める。1997年に制作したビデオ作品「姉妹」で「SIGHT・サイト映像展」で入選。1999年、俳優座劇場プロデューズの「小さき神のつくりし子ら」で主役・サラに一般公募で撰ばれ、好評を博す。この舞台で第七回読売演劇大賞優秀女優賞を受賞。その後、渡米して演劇やDANCEの勉強をするかたわら、手話SONG&DANCEのユニット「ソウル・レインボー(Soul Rainbow)」を結成。2002年、初めて制作したミュージックビデオが、アメリカの「メディア・アクセス・アワード賞」で第二位を受賞。2006年、サインアートプロジェクト.アジアン初企画サインミュージカル「Call Me Hero!」をスタートし、好評。

現在、女優、サインボーカル・ダンサー、手話SONG&DANCE、DANCE講師として活躍中。

★書籍
「もう声なんかいらないと思った」(出窓社)
★漫画
「もう声なんかいらないと思った」(講談社 B-LOVE おおにし真)
★TV
フジテレビ『奇跡体験アンビリーバボー』テレビ東京『レディス4』、『人間劇場ドキュメンタリー』、テレビ朝日『久米宏ニュースステーション』、NHK関係、衛星シアター出演 地方テレビ 他
★雑誌
女性自身、ポカラ、もんみや、こんにちはクラビアTheater Guide、クレヨン/クーヨン、クローバー、暮しと健康、PHP カラット、月刊OLマニュアル誌、音楽関係、他
★新聞
朝日新聞、読売新聞、東京新聞、地方新聞 他

月別アーカイブ
--

Category: スポンサー広告

Tags: ---

 

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

23

Category: 未分類

Tags: ---

Comment: 0  

読書の秋

 だんだん寒くなって来た?まだ、暑い?微妙な、中途半端な季節が
 やってきました。

 頭痛も増えてきてちと困りますわ~。

 その時は家でジッと大人しくしたい気分になり、本を読む時間も増えてきて
 嬉しいですね。

 さっきまで読み終えた本は・・・


 宮原

 漫画好きすぎてこんな本を読みたくて購入しました。

 これは漫画の編集者ベテランの宮原照夫さんの歴史本。
 宮原さんは昭和31年に講談社へ入社。少年マガジンの編集担当になる。
 そこから手塚治虫さんから始まり現在の漫画家をずっと見てきた1人です。
 彼なしではここまで語れないでしょう。宮原さんの執念がすごく伝わります。
 とても熱い男です。
 まさに男同士の戦いのドキュメンタリー本。

 私は前にも書いたが、「愛と誠」の大ファンでそのことも触れており、興奮したど~!
 このきっかけに「梶原一騎」さんのことがすごく気になる人。
 彼はタイガーマスクの原作から始まり、巨人の星、あしたのジョー、愛と誠の作品を
 この世に出したヒットメーカーの人である。
 しかし、スキャンダルが目立ってしまったため、晩年はタブーとされていたので
 活躍できなかったまま、亡くなった。本当に残念です。

 本の中であしたのジョーで梶原さんとちばてつや(「あしたのジョー」漫画)との
 やりとりをリアルに描いており、タイトルもギリギリまで決められなかったそうだ。
 それまで提案をあげていたのは

 「一発屋ジョー」
 「左のジョー」
 「四角のジャングル」

 だった。

 どれもなんだか夢 のないタイトル、ピンと来ないよえ~。
 その中最終的に決まったのは「一発屋ジョー」。これもいやだなあ~。

 そこで梶原さんが
 「『明日のジョー』!明日を探す主人公のイメージは鮮明になるんだが・・・」
 
 全員が賛同し、「明日」をひらがなにして「あしたのジョー」に決まった。
 
 物語の中でジョーのライバルの力石くんは死ぬ予定ではなかった、しかし
 ストーリーの流れで死ぬことに決まった。
 その時の会話がすごい・・・・。確かに誤解されるかも!

 カフェで梶原さんとちばてつやさんと2人で力石について
 「殺せ!殺すべきだ」
 「殺すべきではない!」
 と言い合っていた。
 他のお客さんから見れば「殺せ!」と聞いたらやはり異常な会話で心配に
 なり、警察を呼んだそうです。
 それは恐いよね、あの梶原さんが言うと迫力もあるし・・・・。
 ドス声で「殺せ!」と言われたら誰だってびびりますわ!苦笑
 これは漫画の世界では普通にキャラクター終わりさせることを「殺す」と
 いうんだなあと分かった。

 あしたのジョーの連載中に発売日が待てなくて夜中に出版会社へ駆け込み
 した有名人がいた。
 その人はなんと三島由紀夫さん(美輪明宏さんと親しかった人)。
 出来立てのマガジンを渡すと嬉しそうに帰られたが、その半年後に切腹自殺
 したのです。
 梶原さんは三島由紀夫さんを崇拝してたのでショックが大きかったよう
 だった。      

 「愛と誠」の絵はながやす巧さんではなく、なんと「巨人の星」を描いた
 川崎のぼるさんの予定だった。
 それを聞いてアングリ。それはないでしょう!!絶対にながやす巧さんよ!
 梶原さんの推薦だったが、宮原さんはすでに
「『愛と誠』は最初からながやす巧さんに決まっている、これだけは絶対に譲れない」
 と真正面から梶原さんを認めるためにあらゆる努力していました。
 その執念というか・・・ほんまにすごいんですよ。おそらく普通の編集者
 だったら

「あ、いいですよ。ヒットメーカーの梶原さんがそういうなら川崎のぼるさん
 にしましょう」

 と言うと思う。

 でも、宮原さんはそうしなかった。絶対に成功すると信念を強く持っていた。
 これがとても大事。
 その時、ながやす巧さんはまだ新人でどうやったら梶原さんにOKをもらえるかと
 いろいろ作戦を考えながらようやくながやす巧さんの絵を見せたのだ。
 そこで梶原さんは

 「絵がうまいねえ。無名の漫画家で、こんなに絵のうまい人がいたんだ。
  なるほど、今度の作品にピッタリだ。ぜひ、彼に頼むよ。
  しかし、こういう人を探してくるとは、編集というのは凄いものだ」

 と参ったという心情を吐露した。梶原さんをここまで言わせた宮原さんは凄いっ!
 こんな言葉を頂くためにそこまでやったがいがありますよね。
 これで梶原さんがそれまでになかったジャンル漫画版純愛文学を読者に届けることが
 出来たのだ!

 1973年3月「愛と誠」連載スタートした。3年間連続ヒット作品となる。

 ながやす巧さんはアシスタントなしで全部1人で描く人なので締切きつい中、
 原稿を落ちなかった。
 他の人たちは必ずアシスタントはいる。でも、ながやす巧さんは1人の方が
 落ち着いて描きやすいとのこと。
 「愛と誠」のときは毎日睡眠時間2時間を約3年間やり遂げたのだ。
 この3年間に1度もベッドで寝たことがなく、ソファーで寝ていたそうです。
 すごいよ!普通だったら、身体を壊してあかんになるよ!しかも原作は
 梶原さんだしね。苦笑
 打合せも大変だったんじゃないかなと勝手ながら想像する私。

 そのおかげでアニメ化、映画化となり、大成功になりました。本当によかった!


 ここで書ききれない事件やハプニング、アンチ手塚治虫、感動話などもたくさん
 あり、夢中になってやっと読み終えたばかり。すごい分厚い本なので。

 そうそう、キャンディキャンディのことで初めて知った。
 続編のキャンディキャンディがあってある国だけしか、読むことは出来ない。
 そういう条件で契約したんだけどあの続編っていったいどんな内容なのかしら?
 宮原さんも続編を読んで「?」ってな感じだったそうです。苦笑
 永遠に読まない方がいいことですかね?


 漫画の好きなあなたは漫画界の裏世界を知ったら何倍も面白く漫画を
 読むことができるでしょう!

 オススメの1冊です!!!

 「実録!少年マガジン編集奮闘記」宮原照夫 講談社 3000円


 
 いや~、ほんまに漫画家の世界を知って驚き連続でいいお勉強なりました!


スポンサーサイト

Comments

Leave a Comment

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。